TRACコーチ 大西正裕

カテゴリ:ヘッドライン,走る

TRACのコーチの大西です。

今日は「引退」について書きたいと思います。(個人的な意見ですので悪しからず!)

日本の陸上競技のシーズンは、大きく2シーズンに分けることができます。短距離や跳躍といったTrack&Fieldをメインとする選手は3月末~10月末にかけてオンシーズンとなり、10月末~3月までがオフシーズンとなります。(長距離は冬でもマラソンや駅伝といったロードシーズンが続きます。)

シーズンの終わり共に、競技に一区切りつける選手も多く「引退」という言葉が見られるのもこの時期の特徴でもあります。中高生では全日本中学選手権やインターハイ路線での関連大会で一区切りをつける場合も多いのではないでしょうか。
こうしたタイミングで一区切りつけるということは、何かを始めたり、リスタートをするには良いタイミングでありますが、個人的にはいつも「引退」については何か引っかかるものがありました。

特に、学生の「引退」では受験や環境が変化などの理由によって「引退」を迎えることが多いでしょう。
その一方で、「引退」という手形を手に入れた瞬間、何かから解放され、全てが許されるような表情や生活になって人もし少なからずおり、一体何から「引退」したのだろうと思うこともありました。

競技から「距離を置く」だけなのに、なぜか自分の人生からも「引退」したような印象を持ち、「引退」について考えるようになりました。

 

色々考えた末に「引退=時間の比重を見直すタイミング」ではないかという考えに至りました。
それまでは競技が最優先されていたものが、受験、仕事、家族といったライフステージに応じて優先順位が変わるだけで「引退=終わり」というイメージではないのではと思いました。
「引退」というと戻れない場所のようなイメージではなく、それぞれのライフステージに見合う形で付き合っていけばいだけであり、やりたいこと、大事なことが変化するだけの話ではないかと。そう考えると「引退」なんてないのではないのかな?と思い始めました。
学生時代に頑張ってた競技を子育てがひと段落した50代から再燃することだってカッコイイことだと思います。(今まさに、マスターズというカテゴリが盛り上がっています。)
そもそも15歳、18歳、22歳で「引退」なんて言葉を使うにはあまりにも早すぎるように思いますし、そんなに早く自分の可能性を見限ってしまうの少しは寂しい気もします。

「引退=終わり」というイメージだけが先行してしまっているような気がしてなりません。
自分の人生は一度きりですから、「引退=終わり」では何とも自分の人生に対して無責任な気がします。
もちろん頑張りたいことができたり、挑戦することは否定するつもりはありません。それこそ「引退」ではなく、「優先すべき事項の時間的比重が変わっただけ」ではないでしょうか?

と、「引退」という言葉を見る度に、まだ終わらない!と意気込む大西の私見でした。
(アキレス腱が切れるまでは走りたいですね)

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※早朝から大西コーチのトレーニング付き合わされ、天を仰ぐ船場コーチ